「 北朝鮮の脅しは驚くに値せず 今、拉致問題を名目に制裁をしておくべきこれだけの理由 」
『週刊ダイヤモンド』 2005年3月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 582
北朝鮮の金正日総書記が、2月21日の中国の王家瑞(ワンチアロイ)・中国共産党対外連絡部長との会談で、「条件が成熟すればいつでも六ヵ国協議の席に着く。われわれは六ヵ国協議に反対しておらず、離脱することなどなおさらない」と述べたそうだ。2月10日に、六ヵ国協議への参加を「無期限に中断する」とおどろおどろしく発表したことを忘れたかのような発言である。そしてこの豹変ぶりは、よくよく見れば、北朝鮮のいつものやり方で、驚くに値しない。
北朝鮮が常に求めてきたことは2つ、米国との直接交渉と金正日体制の存続である。
前者には北朝鮮の、というより金正日の威厳を高める効果がある。大国相手に有利な条件を引き出す可能性もある。金正日にそのような誤解を与える大きな間違いを、クリントン政権が犯してきた。同政権は北朝鮮の緩やかな改革、ソフトランディングを目指し、二国間交渉に応じ続けた。クリントン大統領(当時)は歴史に名を残そうとの思いからか、政権末期になって北朝鮮との外交交渉を焦った。最終段階でオルブライト国務長官を平壌(ピョンヤン)に派遣しながら、なんの成果もなかった。オルブライト長官は北朝鮮体制の異常さを象徴するあの巨大なマスゲームを、金正日と並んで観賞させられ、旧ソ連の指導者たちが、金日成や金正日と並んで国民を苦しめるマスゲームに拍手していた時代に逆戻りしたかのような映像を、世界に配信されただけだ。クリントン政権の二国間交渉は失敗に終わったのだ。独裁者との交渉に甘い期待は禁物だ。
もう1つの要求、金正日体制の生き残りは、米国との交渉のなかで常に北朝鮮側が主張してきた点である。
この2つを実現させるために、金正日は文字どおり、国際社会に脅しと妥協の揺さぶりをかけるのだ。大事なことは、その種の硬軟両様の北朝鮮の戦術に騙されず、幻想も抱かないことだ。そのうえで、日本の国益を守るための手を打っておくことだ。
北朝鮮との関係における日本の国益は、拉致問題の解決が筆頭だ。北朝鮮が戻ってきても、六ヵ国協議は核とミサイルを論じる場だ。拉致問題は、米国の応援があるといっても、事実上、日本が独自に解決していかなければならない設定だ。
私は六ヵ国協議で解決が図れるとは思わないが、万が一、同協議で核とミサイルを北朝鮮が完全に放棄し、検証可能かつ不可逆の方法でそのことを実践するとなれば、経済支援が実施される。実際におカネを出すのは中国でも韓国でも米国でもなく、日本だ。
だからこそ、今、拉致を名目にして、制裁をしておくべきなのだ。横田めぐみさんたち「死亡」とされた8人のみならず、そのほかの特定失踪者も含めて、原状回復を強く求め、拉致問題の解決なしには日本はいかなる経済支援も行なわないことを明確にするための制裁を、今、断行しておくことだ。
六ヵ国協議が機能しなければ、国連安全保障理事会で北朝鮮問題は議論される。その場合は、拉致問題についての国際社会の関心はより薄まるだろう。拉致問題解決の重要性を国際社会に訴えるためにも、日本国政府が拉致を名目に制裁をすることが重要なのだ。そうして初めて、拉致問題の解決なしに日本の経済支援はありえないことを、北朝鮮も国際社会も認識するだろう。こうして拉致問題は、核、ミサイルとともに国際社会が注目する課題となる。
日本列島をテポドンミサイルが飛び越えたとき、日本はKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)への支援の凍結、チャーター便の凍結などの制裁をした。あのとき制裁できて、今できないはずはないだろう。